長引く腰痛は整形外科では治らない

長引く腰痛は、整形外科では治らない

国際疼痛(とうつう)学会では慢性痛を「急性疾患の通常の経過、あるいは創傷の治癒に要する妥当な時間を超えて、長期(3カ月、または6カ月)にわたって持続する痛み」としています。通常治る期間を超えた痛みということです。

慢性の腰痛に悩む人々は、1271万人もいらっしゃいます(厚生労働省資料2019年「国民生活基礎調査の概況」)。整形外科医は、腰の痛みの原因が腰椎や神経にあると診断しがちです。しかし圧迫骨折や明らかな神経所見がない限り、腰椎が原因ではなく、ほとんどは筋肉のコリに原因があります。

にもかかわらず、「腰部脊柱管の間が狭くなって神経に当たり痛みが出ている」と画像診断され、有効性の少ない手術へ誘導されていくケースが後を絶ちません。患者さんが委縮して手術を回避するか、セカンドオピニオンを取らない限り、「先生に手術をお任せします」となってしまいます。

初診の患者さんに触診しようと「痛いところを見せてください」というと、「先生、体を見るんですね」と患者さんが驚きました。今まで痛みを診てきたクリニックの主治医は、痛いところを見たことも触ったこともなかったのです。紹介されてくる患者の23割はそのような診察を受けてきたというのが現実です。

ダメな医者ほど「画像診断」と「手術」に頼る

神経痛全般の診断は3段階あります。まずは話を聞くこと(日常生活、体のしびれ、排便、排尿など)。次に患部や周辺を触ったり、たたいたり、少し刺したりなどの刺激を与えて神経や筋肉の反応、関節の動きを見ます(理学所見)。そして、聞いたお話や理学所見で大体のあたりをつけ、最後に確認のために画像診断を行います。

ところが、多くの整形外科医は話もそこそこに聞いて、神経所見も理学所見も取らずにMRIなどの画像をとって「診断」してしまいます。目に見えるものは説得力があるので、患者さんも「なるほど!」と思ってしまいがちです。

筋肉の深い部分が痛んでいるかどうかは画像ではわかりません。神経所見や理学所見を取らないとどうしようもないのです。首や肩をかばって腰に痛みが出ているケースもあり、画像診断だけで慢性腰痛の真の原因にたどり着けるはずもありません。そもそも話を聞かないと一次性の腰痛か二次性の腰痛かもわかりません。基本中の基本です。

「手当て」と言う通り正しい診断は触ってナンボです。うちのペインクリニック内科では初診時の問診票は20ページですし、初診に2時間かけてじっくり話を聞き、ようじで刺したり、保冷パックで反応を見たり、あちこちたたいたり触ったりして、真の原因を探っています。

患者さんのそれまでの人生、数十年の生活習慣の積み重ねが現在の腰痛につながるのですから、そんなに簡単に真の原因はわかりません。このプロセスを経ずに、MRIのみで確定診断し、手術で患部を切って、「はい、治りました」というのは慢性腰痛に対してはあまりに一面的な処置ではないでしょうか。

慢性の腰痛の治療を誤ると、寝たきりリスクが高まる

整形外科医は、ケガや事故などで負傷した腰椎そのものを治す急性の外科的手術の専門家です。しかし必ずしも慢性痛の専門家ではありません。

慢性腰痛の8割は筋肉のコリに関わりがありますし、じっくり調べる必要のある薬物療法、ましてや心理社会的な評価や治療は教わってもいないし、超面倒なため得意ではないのです。

長引く腰痛にもかかわらず急性腰痛のような対処をしたり、真の原因分析に至らなかったり、放置したりすると、腰痛ばかりではなく、ひざ痛、下肢痛を招き、寝たきりリスクが高まります。

寝たきりのリスクについては、私が著者と対談した書籍『道路を渡れない老人たち リハビリ難民200万人を見捨てる日本。「寝たきり老人」はこうしてつくられる』(アスコム)の第6章をご参照ください。

健康寿命の延伸、患者・家族の医療リテラシーの向上に加え、医者も知らない急性痛と慢性痛の違いもここで説明しています。医者とはいえ、自分の能力を客観的に判断できるとは限りませんから、医者を全知全能の神とあがめず、ご自身で慢性痛とは何かを理解するようにしてください。

医師を惑わせる「診断名の呪い」

慢性痛が「こじれる」のは、画像検査など目に見えるものは信じやすいということ、慢性痛と心理・社会との関係、「診断名」への誤解などがあります。診断名の呪いとも言えるでしょう。

慢性痛においては、どんな診断名であろうと治療方針はあまり変わらないので、診断名は実は重要ではありません。そもそも何のために診断するのでしょうか? それは、診断に応じた適切な治療をするため、急性痛やガン性痛でないことの確認のためです。

陥りガチなワナとして、「診断名がつく原因がわかった治療法がある」あるいは「診断名がつかない原因がかわらない治療法がない」というパターンです。

本態性高血圧=原因がわからない高血圧、突発性難聴=原因がわからない難聴ですが、診断名がつくと原因がわかった=治療法があると思われてしまうことと同じです。遺伝子異常による先天性疾患の中には、原因が特定できているものもありますが、残念ながら決定的な治療法はありません。

画像診断の結果、「腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症」と診断されるケースがよくあります。あまりに痛みがひどいと手術に誘導されるケースもあります。しかし画像で異常が見つかっても、それが痛みの真の原因とは限りません。同じ「腰部脊柱管狭窄症」でも必ず痛みが出るわけではないからです。

真の原因を探るには、患者さんの話や、身体所見から原因を探っていき、あくまでもその確認として画像診断を使うという「真逆のアプローチ」が必要です。

「数値化」と「客観的」は違います。痛みは常に主観的であり、心理社会的要因は大変重要な要素ですが、数値化で測れるものではありません。通常、整形外科医はここまで分析はしません。ですので「腰部脊柱管狭窄症」という診断は誤診ではなく、一面的な診断というわけです。

痛みの原因は医者でもなかなか分からない

慢性痛の原因は何かを探るとき、その原因の幅広さ、奥深さは果てしないものです。上の図表の通り、因果関係では理解できない「複雑系」であることがわかります。1つや2つの要素で原因を確定できるものではないのです。

骨がゆがんでいるのが腰痛の原因なのか? 痛みが始まったときに骨がゆがんだのか? 痛みが治ったら、骨のゆがみは治ったのか? 骨がゆがんでいると必ず痛みがでるのか? ……目に見えるものは信じやすいのですが、目に見えるものだけではなく、心と体と生活の目に見えていないものの奥深くに真の原因がある、という「名探偵コナン」のような推理力、洞察力が求められます。

「原因がわからない痛みは心因性ではない。原因がわからない痛みは原因がわからない痛みである」という滋賀医大、小山なつ先生の名言を深くかみしめたいと思います。

かつて多くの手術実績のあった腕のいい高名な整形外科医が、手術した患者の追跡調査を行った結果、あまり成績が良くなかったことが判明し、手術一辺倒で歩んできたことを反省しました。そして50代超えてからは、一転して保存療法、集学的治療を推奨するようになりました。これまで積み重ねた技術と経験を省みることはなかなかできない、医師として尊敬すべき謙虚な方針転換だと思います。

北原式 慢性腰痛の真の原因 4つの分類

i.腰椎に原因があることは実は少ない(特に著明な変形や神経所見がない場合)

・しかし整形外科に行くとiばかり診断される有効性の少ない手術への誘導

ii.腰部の筋肉に原因がある。腰のマッサージや鍼治療で反応がある。筋肉が相対的に少ない(絶対的な筋力不足andor過体重)andor緊張が高い(柔軟性不足)

→iiは腕のいいマッサージ師や鍼灸師、しっかりしたPT(理学療法士)などで解る。医師で解るものもいる。腰部筋群の筋肉強化や柔軟性アップ、減量などで良くなる。

iii.腰部周辺の筋肉に原因がある。腰のマッサージや鍼治療で反応が少ない。腹筋群、臀筋群、下腿筋群、胸背部筋群などの筋肉が相対的に少ない(絶対的な筋力不足andor過体重)andor緊張が高い(柔軟性不足)

→iiiはなかなか気が付かない。腕のいいマッサージ師や鍼灸師、しっかりしたPTも「首をかしげる」。広い範囲の筋肉や関節の状態を調べることでようやくわかる。

iv.その他:認知症などを除く必要がある→ivも見逃すと厄介。

慢性の腰痛への地道なアプローチが必要だ

孫子の兵法 第四章 軍形篇に「善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ」の一節があります。「戦い上手な者は、まず自軍をしっかり守って、誰にも負けないような態勢を整えた上で、敵が弱点を現して、誰もがうち勝てるような態勢になるまで待つ」という意味です。

慢性の腰痛という敵が、真の原因を浮かび上がらせるように、さまざまな角度から原因の仮説と検証を繰り返し、エビデンスを積み重ね、正しい対処に導くことが、腰痛治療との闘いに勝つための地道なアプローチと言えましょう。MRIは慢性腰痛という敵を知る重要な情報ではありますが、すべてではありません。

痛みがこじれる要因、気をつけるべき医者について、以下にまとめました。

北原式 痛みがこじれて難治性になる3つの要因

1.病気そのものが難治性。

2.患者側の要因(身体的、心理的、社会的)

3.医療者側の要因(痛み治療についての知識不足、診療の細分化、縦割り)

北原式 こんな医者には気をつけろ 慢性の腰痛を治すために避けたい3つのタイプ

1.話を聞かない。

2.触らない。

3MRIを撮らずに、レントゲンで診断する。

慢性腰痛に対してレントゲンは全く意味がありません。MRIでないと骨や関節の状態はわかりません。それでもまずはレントゲンがお決まりのプロセスになっているのは、多分に医療機関の経済的な事情でありましょう。

患者と医療者のミスマッチを改善するために、超党派の議員連合で「慢性痛対策議員連盟」を発足し、対策法を立法化すべく動いています。痛みに関連する診療科、スタッフが連携した「痛みセンター」を全国の主要都市に設置し、集学的に痛みを診よう、痛み治療が病院の持ち出しという現状を打破し、予算をつけ、医療者の質も上げていこうという取り組みです。そのためには患者側も痛みについてのリテラシーを向上させ、質の高い医療者、痛みセンターを見極める鑑識力を身につけて頂きたいと思います。

「痛みは脳で感じる」痛みと脳との深い関係

慢性の腰痛が難しいのは、原因が良く解らない痛みだからです。ケガや病気がきっかけで起こることはありますが、病気やケガから回復して、特におかしなことは見つからなくても、痛みは続き、明らかに日常生活のさまたげになっています。

さて、どうすればいいのでしょうか。痛みはどこで感じるのでしょうか。腰が痛い時、痛みを感じるのは腰? 坐骨神経? 筋肉? 脊髄? それとも……

「幻肢痛」という疾患があります。ケガや病気によって切断された四肢が、存在するように感じて痛むことです。なぜ幻肢痛で、痛みを感じるのでしょうか? 存在しない部位の痛みをどうやって感じるのでしょうか? その答えは「脳で感じる」です。

最終的に脳で様々な情報が統合(情報処理)されて痛みとして感じられるのです。身体の各部位(末梢)からの信号が、脳の中に蓄えられている様々な情報(記憶、感情)と統合されて、痛みが発露します。脳の状態によって、痛みの感覚は強くも弱くもなりえます。

痛みの要因が脳疾患のことも、想像以上によくあります。てんかん患者は、頭痛、脱力や意識消失を伴う痛み発作、強い刺激(光、音、においなど)で誘発される痛みを感じますし、認知症患者は痛みの感覚と、他の感覚・感情(さびしさなど)とが混合され、痛みの原因として見逃されます。軽度認知症や薬剤性認知症の患者さんの腰痛には要注意です。